政宗様政宗様政宗様。
三度のメシより、政宗様。
そんなモン、比較にならねぇ、政宗様。
大切なのは、今、お傍に居られる、ということだ。
俺と政宗様の歴史は古い。
ざっと、400年遡れるわけだが、それはこの際、良い。
あのお方は、ちらり、としか、覚えていらっしゃらない。
しかし、俺の執念は年月を超えた。
あのお方を探して、の記憶は、俺は、都合三度目になる。
あのお方のいらっしゃらない、ひどく味気ない転生。
嫁を娶り子を作り、働き蜂だったり。
会社の裏側から組織をこっそり操る係だったり。
俺の、あの方に看取って頂いて逝けた、あの幸せな幸せな、ひどく胸の痛んだ死から、都合三度目の転生。
あのお方を、置いて来てしまった。
勿論、諸共に逝ける筈もない。
ソレは、あの方の右目だった俺の矜持だ。
お健やかに大らかに過ごされたと、俺は安心して息を引き取った。
―――必ず、お探しいたします―――
覚えていて下さるだろうか、約束を。
この約束は、何年の規模で、何十年の規模で、赦されたものだったのか。
そもそも、赦されたのか。
見舞ってくださったあの方は、ひどく穏やかで、平らかで、美しかった。
戦の終わりを創ったのだ、あの方は、年々、穏やかになられた。
若芽が、いつしか、大輪の華となった。
大輪の華、奥州の王、日ノ本の王、あの方がそれらに拘ったのは多分、こんな日々を取り戻す為だったのではあるまいか―――
そう思える、穏やかさ。
穏やかな日ノ本。
それは、あのお方のものだった。
あのお方の流した涙、血と汗で築き上げられたものだった。
―――必ず、お探しいたします―――
縫うような息の下から、それをお伝えするのが精一杯だった。
それに、あの方は、ひどく柔らかく微笑んで、答えてくださった。
幾度生まれ変わろうとも。
何処に、貴方がいらっしゃっても。
必ず、必ず、お探しして、再び、どうか。
どうか、お傍に。
―――オレが見つけんのが、早いかもな―――
あでやかな華が開いたように、微笑んで。
涙も無く、一切が無く。
そうして、あのお方に手を取られたまま、俺は息を引き取った。
あんなに幸せだった死はない。
あんなに、幸せだった、生も。
俺は、それから都合三度目の転生を迎えるわけだが、毎回、政宗様の魂を探していた。
政宗様のお傍に居る為に。
その為には、今度こそ、何を捨てても駆けつけたかった。
くどいようだが都合、三度目で、それは叶った。
三度目の正直とは、誰の言葉だっただろう。
あれほどの大器は、そうなかなか生まれてくれないということの証明だったかも知れねえ。
それが、三度目で、叶った。
当然、胸は躍る。
あまり頭の悪い大学には行かなかったはずだ。
あの方にお会いした時に、見劣りする自分であってはならねぇと、今生でも俺はできうる限り努力した。
そして俺は、まあまあ―――どちらかと言うと大きな会社に就職していた。
まずは、また政宗様を見つける奇跡に出会えたなら、俺自身がフラフラしてたらみっともねぇ。
その、就職した会社とは、実は政宗様のご尊父、輝宗さまの起業された会社で。
一代で起こされたにしては、会社の規模が大きすぎた。
ベンチャー、と言うのも憚られる。
最初の面接は、あっけなくパス。
重役面接も、これもまたあっけないほどパス。
最後の社長面接で、さすがに俺も引き締まった―――のだが。
結論から言えば、輝宗さまは、前世のことを覚えておられた。
『政宗は、今、海外留学中なんだよ』
人の良さそうな笑みで、『社長面接』で、輝宗様は言われた。
『子供の頃から、あれは新しいもの、変わったものが好きだった、【昔】もそうだったろう?―――小十郎』
小十郎、とお呼びになったから、ああ、この方は、全てご存知なのだと、それを含めて俺を『社長面接』まで引き上げてくださったのだと、言外に含まれる。
『でも、もうすぐ中学生になるから、日本の中学に行かせたい。この会社を継ぐのはあの子だ、日本の風習にも慣れてもらいたい。そこで、小十郎―――』
「…また、【お役目】を賜れますか」
今生は、あの方がいらっしゃる。
それを考えるだけで、脳髄が、じん、と痺れる。
ああ、また、あの弦月に、逢えるのだと。
ああ、ようやく、あの方のお傍に、行けるのだと。
『勿論、君がそれを望んでくれるならね、小十郎。…ただ、あの子には、前世の記憶は、無いよ。辛いばかりの家族の仕打ちに、忘れたい、と願って生まれたのかもしれないから』
それは違う、と、どうして俺如きが言えただろう。
それが真実なら、あの方は、輝宗さまのご家族にお生まれになっていないだろう。
きっとそんな気がした。
あの方は、選ばれたのだ。
あのご家族をもう一度やり直したくて、きっと、選ばれたのだ。
―――それこそ、生まれる前に。
そんな運びで、俺は、政宗様の教育係を賜った。
今生でもやはりその役かと、苦笑する。
しかし、輝宗様が、また俺に政宗様を、と望んでくださったことは、最大の喜びだった。
ようやく、お傍に。
政宗様、ようやく、お傍に。
「―――何浸ってんのか訊いても良いか?小十郎」
「政宗様!」
ゴツン、という割合大きな音で俺の頭の上に置かれたのは―――キッチンボウル。
お料理中でしたか。
政宗様、少々痛かったです。
言いませんが。ええ、言いませんとも。
「人が朝のキッチンで戦場してる時に、何でお前はアルバムなんか見てるわけだ?」
「これは…これは失礼致しました、政宗様」
「いや…まあ、良いけどさ、俺、二限からだし。ただ、お前は間に合うのか?電車」
「勿論間に合いますとも。政宗様こそ、概論のレポートは?」
「I'ts Perfect!夜中までかかった甲斐はあったぜ?」
そう言って、ニヤリと笑う、政宗様の特徴的な笑み。
決して下品にはならない、お美しさをお持ちだ。
「ヒトが思い立って弁当なんか作ってやろーと思ったら、お前はアルバムなんか引っ張り出してニヤついてやがったわけだが?」
そんなに、アルバムを眺めている俺がお気に召さなかったのだろうか。
今生はお逢い出来た、その喜びに俺は、毎日打ち震えてしまうわけだが。
そりゃ、毎日アルバム眺めてるわけじゃねぇが。
いや、それより、そんなことより。
今、何と!?
「政宗様、この小十郎の弁当ですか!?」
何だかガチャガチャやってらっしゃるな、と思いはしたが!
そして、それは多分朝食の準備なのだと、勝手に思っていたが!
「誰に弁当作んだよ、他に。心配すんな、自分のも作ってるけどな」
「お待ちください政宗様、そのようなことを貴方にさせていると知れたら」
「そんなんでクビになる会社なら辞めちまえよ?小十郎」
いえ、そのようなことでクビになるのです、多分。
何故なら、輝宗様は貴方を溺愛しておられて、この小十郎が一緒だからとご家族の元から離れることを渋々承服してくださっただけで…。
それはもう、本当に渋々、であって、時には呼び出しを食らってイヤミを言われることもあるくらいでして…。
今生においては、蝶よ華よ私の薔薇よと伊達家から溺愛されまくりの貴方様を、こんな狭い部屋で寝起きさせているというだけで実はちょっと…いやかなり、睨まれがちだと言うか…。
「一人百面相してんなよ。メシはちょくちょく作ってんだから、何だよ弁当くらい」
「いえっ!あの、お気持ちは本当に、本当に有難く…」
「何だ?オレの弁当が持って行けねぇとか言うか?」
「いえっ!それも、とんでもない!」
「どうしたいんだ、お前は」
呆れ顔の政宗様。
ああ、小十郎はただ、解って頂きたいだけなのです…。
貴方様を大切に思っているのは、この小十郎だけではないということを…。
…なんだ、前世と同じじゃねぇか。
筆頭筆頭とやかましかった前世と何の違いがあるんだ、俺。
「有難く、頂戴致します…」
「弁当くらいでそんなこと言われてもな。ホイHoney、しっかり働いて来いよ」
ハニー…政宗様、小十郎がハニーですか…。
しかし、持たせてくださった弁当箱は、【愛妻弁当】と言った感じだ。
一体いつ、どんな顔でこの愛らしいランチボックスを買ったのか、気になってしまうカンジだ。
「朝飯、食って行くだろ?小十郎」
「無論、政宗様の朝食を逃すことは致しません」
「とか言って、飲みすぎた翌日とかはちょくちょく逃してるじゃねぇか」
政宗様は、笑いながらボウルの中身をかき混ぜている。
多分卵だろう。そして、メニューはプレーンオムレツだろう。
政宗様のオムレツはふわとろで、絶品ですねと俺が褒めたら、一週間続いたことがあった。
俺は別に政宗様の作られるものなら一週間でも一年でも同じものを食べ続ける自信があったが、政宗様がご自分で飽きたらしい。
それから、毎日ではなくなり、ご機嫌の良い日にオムレツ、と決まったようだった。
だからきっと、今日はオムレツだ。
「しかし、政宗様こそ、随分たくさんお作りになりましたね、弁当」
あっちに置いてあるランチボックスが政宗様の分だとすると、一人分にはとても見えない。
大学にそんなにたくさん持って行ってどうなさるのかと、素朴な疑問だ。
「Ah?チカや慶次にも食わしてみようと思ってな」
長曽我部元親に、前田慶次。
くっついて来てやがんのかテメエら。
そう言いたい、政宗様の今生でも、の友人達だ。
そしてもののついでに、二人とも、前世の記憶持ち。
俺と政宗様の周りは、よほど前世の縁が深かったのか、不意に、記憶のある連中が集っている。
そう、今は、重要なのは、そこじゃねぇ。
「…あの野郎どもにも、振舞われるのですね。政宗様お手づからの、料理を」
「妬くなダーリン。これは、オレの社会勉強だ」
よっ、と、掛け声つきでふわふわのオムレツをひっくり返しながら。
今度は小十郎がダーリンなのですね。良かった。
…だから、そこじゃねぇ。
「社会勉強、と仰いますと?」
「だってオレ、レストランでバイトしてぇんだもん」
「バイト!?」
初めて聞いた。
政宗様は大学三年になられるが、今まで桐箱の重箱入りのお坊ちゃま。
ご自身はお気づきかどうか微妙だが、遠出をなさる時には護衛がつく。
海外留学なさっていたので途中編入ではあったが、幼稚舎から大学まで、という、超のつくお坊ちゃん学校だ。
大学生になられるまで、何なら買い物もした事がないような、そんなお坊ちゃまだったのだ。
そのお方が、バイト。
しかも、客商売!!
「無い!無い、有り得ませんぞ政宗様!!!」
「うわっと…大声出すなよ小十郎。何だよ、オレじゃ落ちるか?」
いそいそと、オムレツを並べながら。
綺麗な色、形だ。
今日のご機嫌も、良かったらしい。
「厨房って、そんなに難しい審査あんのか?オレの髪の長さがダメとか?」
「そういう事を言っているのではありません!何故そういう大切なことを、先にこの小十郎に仰っては下さらないのですか!それほどに、政宗様にとって小十郎は…情けない…」
言ってて、本気で情けなくなってきた。
俺にとって政宗様は全てだが、政宗様にとっての俺は。
…恋人だと思っていたのは、俺だけだったか。
幼い頃からの養育係でしかなかったか。口うるさい年寄りと、俺は同じか。
「いや、だから…今、言っただろ。昨日、思いついたんだよ。昨日の夕食、deliciousだったんだろ?お前、やけに褒めてくれたじゃねぇか」
「無論!特にあの牛蒡の金平は、甘すぎず、辛過ぎず、酒のアテとしても用いることの出来そうな、…ってそうではありません、政宗様!どうしてそこが【バイト】に繋がるのか、小十郎には理解できません!」
「だって、美味いって言われんのって嬉しいなって思ったから。大学三年にもなってバイトもしたことねぇってそれこそ有り得ねぇってチカにも大笑いされたしよ」
「世の中の基準などどうでもよろしい。ましてあの小僧の言うことに耳をお貸しになることもありません」
「お前、仮にもヒトの友達捕まえて」
「小十郎には政宗様より大切な人間はおりませんので」
ぴしゃり。
聞いて下さるだろうか。
よりにもよって、政宗様に何吹き込んでやがる、あの野郎。
今度会ったら、政宗様に解らねぇように、シメる。
「じゃあ何か?俺は、このまま大学卒業して、何も知らねぇまま親父の会社に入れってのか?同期でも、バイト未経験なんてきっといねぇぜ?」
「それの何がご不満か」
「全てご不満だこの野郎!親父の金で生活費も小遣いもなんて、ハタチ過ぎてから恥ずかしくて言えねぇってんだよ!」
「お父上のお金に、何恥じるところはございません」
「だから人の話を聞け!オレが!恥ずかしいって言ってんだ!」
「朝から癇癪を起こされるな、政宗様。今までそれでやってきて、どうして急に斯様な事を仰っているのか、小十郎こそ解りかねます」
「この石頭!それでもオレの―――」
そこまで言って。
政宗様は、ぴたりと言葉を切られた。
何だ。
何だ、一体。
この小十郎は、貴方様の何でしょうか!?一体!?
「オレの、何でございましょう、政宗様」
努めて平静に訊いてみる。
ここで一緒になって熱くなったら俺の負けだ。
政宗様は、今、頭に血が上っておられるのだ。
「もう良い!知らねぇ!!勝手に食ってろ小十郎!オレはもう学校に行く!」
「お待ちください政宗様!まだ話は終わっては―――」
「終わった!何だよ、応援してくれると思ったのに!良いもう、チカに訊くから!」
そう言い捨てて、政宗様は、エプロンを捨て、いつものバッグを抱えると、一陣の風のように、部屋からいなくなってしまった。
ああ…怒らせたかったのではないのです、政宗様…。
そうですね、社会勉強も大切ですと、貴方を何より大切な小十郎が言うと思われていたのですね…。
そうして俺は、今朝のキスを逃してしまったことに気付いた。
『小十郎。政宗がバイトをしたいと言ってきた事について、話があるので社長室まで、ちょっと』
会社に着くや否や、そう内線で呼び出された俺の胃の痛みなど、政宗様はきっと知ったこっちゃ無い。
政宗様政宗様政宗様。
三度のメシより、政宗様。
そんなモン、比較にならねぇ、政宗様。
貴方様はよくよく、この小十郎を振り回すのがお好きな方だ…。
2014.05.24 何だこの始まってもいないカンジ…スミマセン小十郎カッコ悪くて…。リクでもあれば続くかな(笑)