伊達政宗。
そして、あの顔。
凛として、他を拒絶するようでいて、どこか、慕わしげな。
「Are you ready,Guys?」
かつ、かつ、かつ、と、彼は、黒板を鳴らして、自分で自分の名前を書き込む。
その、不敵な様。
「よろしくな、Englandからの帰国だ!」
独眼竜に間違いねぇと、チカ―――長曾我部元親と二人で大笑いした。
しかし、不思議なこともあるもんだ。
あの、独眼竜ともあろう男が、自分の過去をサッパリ覚えてないらしかった。
いや、記憶喪失ってんじゃなくて、前世の記憶。
それらしい語句を並べても、お前らホントに仲が良いんだな、で、バッサリ。
ありゃりゃ、これはホントに覚えてないわと、チカと二人で話したこともある。
勿論、そんなことは問題じゃない。
何の因果か、前世の記憶のある俺、そして長曾我部元親。
転生したって、性格は変わるもんじゃないねぇと、やっぱりチカと話した。
今の世は、泰平で、あの頃のようにギラギラする必要が無い。
メチャメチャ良いとこのお坊ちゃんらしい独眼竜―――伊達政宗は、気立ては良いが口は悪い。けど気持ちの良い男だった。
それだけで充分。
前世の記憶なんて、ホントに必要ないのかもしれない。
そう思ってる頃に、政宗にピッタリくっつく、見覚えのある姿を発見。
こちらもお変わり無しかい、と笑えるくらいの、片倉小十郎。
前世と同じに、政宗様命、と顔に書いてあった。
お変わり無しで、まことに結構。
でも、アンタは政宗の何なんだ?
「小十郎か?親父の会社の社員だ」
あっけらかんと言った政宗に、俺もチカも、あちゃー、と顔を見合わせる。
この人ホントに覚えてないよ、右目の兄さん。
それでも傍に居ちゃいますか、ああそうですか。
それでも政宗様命ですか、ああそうでしょうね。
「政宗の家の会社って、あのでっかい―――」
「Ha?ま、小さくはねぇだろうな。でも、何で小十郎のことなんか知りてぇんだ?」
不思議そうな政宗。
だって、それはそれで知りたいじゃない。
伊達の会社に入った片倉小十郎は、前世の記憶があってそうしたのか、それとも、今こうやって俺とチカと政宗みたいな、偶然なのか。
面白そうなことは、何でも知りたいお年頃。
だって俺達、まだ中学生だぜ?
笑っちゃうけど。
前世の記憶を持ったまま、この泰平の世で中学生なんて、笑っちゃうけどな。
「う〜ん…中学生に張り付いてるオトナってのが、結構気になる」
苦しかったかな、この言い訳。
でも、政宗は、フーン、とか言って笑ってる。
「だってさあ、いくら政宗があの会社の跡取りって言っても、まだまだ先の話だろ?あの人、もう会社、入っちゃってんだろ?伊達家で雇った用心棒とかじゃないんだろ?」
用心棒、と言われても通るくらいの強面だけど。
今の世の中に、『用心棒』なんて、要るかなあ。
―――あ、でももし右目の兄さんが記憶ありで、これ言っちゃったら、NGワードな気がしてきた。
うん、用心棒、居ても良いと思うよ。
この学校までは必要ないけどね。
「会社員ではあるとは思うんだけどな。オレの養育係?とかで、やけに親父が気に入っちゃってるんだよ」
養育係。
さすが竜の右目、今回もそのポジション守りますか。
今の世は『学校』がその役目、やってくれると思うんだけど。
「それに、張り付いてるって言っても送り迎えだけじゃねぇか」
「惜しい、政宗。会社員がさ、中学生の送り迎えに父兄面談なんて、普通は有り得ないの。だからあの人、伊達家の人かと」
「政宗が部活終わる頃に迎えに来るなんて、何処の忠臣だよ」
チカがぽろっと『忠臣』というワードを漏らしたけど、政宗は全スルーだ。
やっぱりな、覚えてないんだ。
双竜とまで言われた、前世の記憶。
この人たちなら、覚えてそうだったんだけどなぁ。
「あ、でもな、オレ、あ〜…アレかな、やっぱ」
頭をガシガシ掻きながらの、政宗のセリフ。
何か、思い当たることでもあったか?
「アレって、何だよ」
「いや、大した事じゃねぇ…いや、大した事かな。初めて小十郎に会った時。オレ、何か、ムダに泣けてさ」
「泣いた、のか?」
「そりゃもう、滝泣きってカンジで。別にあいつの強面なんか怖くも恐ろしくもなかったんだけどよ。親父に紹介されて、片倉です、って言われて、何かこう…メッチャ、泣いた。何だったんだろうな、アレ」
「何だったんだろう、とか、訊かれても」
「だよな〜、Sorry。あっ、オレ泣かせたからオレの養育係とかにされちまったのかな?」
「「いやいやいやいや、それは無い無い無い無い!!」」
チカと二人で、ハモッてしまった。
だってソレは、魂の共鳴。
双竜と言われた二人の、魂の邂逅だったんだろうから。
政宗の中に、やっぱりあの『奥州筆頭』が居ることに、安堵のような気持ちを覚える。
記憶は失くしても、魂がそれを覚えている。
自分の片翼だった男を、覚えていた。
きっとソレは、歓喜の涙だったのだろう。
政宗の中に眠る竜が、右目を見つけた歓びに、泣いたのだ。
やっぱり目の前に居るのは、間違いなく、どうしようも間違いもなく、あの頃の奥州筆頭、伊達政宗なのだ。
久し振り、独眼竜。
また逢えて、嬉しいよ。
「よっ、右目」
そう、声をかけたら、人一人くらい射殺せそうな眼光で、その男は振り返った。
「前田…前田の風来坊か!?」
「懐かしいねぇ、そのあだ名。って事は、アンタはこっち側だね?」
眉間に深い皺。
五百円玉くらいなら挟めそうだ。
「こっち側…とは?」
「またまた、とぼけちゃって。こっち側にはまだいるよ、西海の鬼、長曾我部元親とか。ってか、政宗みたいに覚えてない方が少なくない?」
「そうか、西海の…って、お前らの、関係性は…?」
「んー、解りやすく言うと、クラスメイト。チカと俺は幼稚舎から同じ。成長するにつれ、思い出したカンジ」
チカは結構ガキの頃から覚えてたみたいだけどね。
俺の方が遅かったカンジかな、思い出すのは。
そう言ってみると、右目は、難しい表情だ。
「そうか…その、政宗様には」
なんだなんだ、やっぱしそんな心配なんだ。
この人、相変わらず過保護だねぇ。
眩しいくらいだ。
「言わないよ、俺もチカも。別に、覚えてなくっても問題ないでしょ?」
「それはそうだが。お前らと一緒に居て、思い出すって事も…」
「無いことはないかもね。でも、それ言っちゃったら、右目の旦那のがシンパシー強いんじゃないの?」
俺らごときの記憶で思い出すなら、あの独眼竜だ、とっくに思い出してるさ。
初めて逢った時に、訳も解らず泣いちゃったなんて、その良い証拠。
「必要ない記憶だって思ってんのかもね。あの人、悔いのない人生送ってそうだったしね」
そう言って、あの頃の独眼竜を思い浮かべる。
人を食ったような笑顔。
軍の奴らからは慕われて、傍らには、右目が居て。
チカと二人で、東西アニキなんて言われて、実はたくさんの人間に慕われて。
いつも、前へ、前へ行こうとしてた。
前へ、前へ、その先へ。
先、に、辿り着いた男には、過去の記憶なんて、要らないのかもしれない。
そう思うと、政宗に、記憶がないのは納得できる。
元親はともかく、俺は、悔いだらけの人生だったから。
どうしてあの時、ねねに―――とか、秀吉に―――とか、半兵衛に―――とか。
そんな風に、悔いることが、たくさんあった。
きっと、それに比べて、独眼竜には、悔いがない。
俺が知らないだけかもしんないけど。
やれることは全部やっておく。俺が知る独眼竜は、そういう男だった。
そう、思ったから言ったんだけど。
「必要ねぇ記憶、か…」
ありゃ。
なんか、マズイとこ突いちゃった?
そんな困った顔しないでよ、やだな。
政宗様命、のこの人が、やけに傷ついた顔してる。
困ったな、傷つける気はなかったんだけど。
「いやいやいや、俺らのことだよ?右目の兄さんは違うって!だって、逢った時泣いちゃったんでしょ?独眼竜!そう言ってたよ?」
そうそう、ちゃんとフォローしとかないとね。
面白いことは大好きだけど、引っ掻き回す趣味はない。
人を傷つけるのは、もっと趣味じゃない。
「じゃあ俺が、お傍に居るのが悪いのか…」
「悪いとか!誰も言ってないじゃん!思い出したって、別に困ることないわけだし!」
何でこう、ちょっと下向きに受け取るかな、この人。
右目の兄さんってこんな人だったっけ。
いや、前世ではこんな事なかったな。
あの独眼竜の右目で右腕だっていうプライドが、この人を支えてたのかもな。
それが、今生では、会社員とその社長の息子―――うーん、微妙。
政宗から聞く分には、家族との折り合いも悪くないみたいだし。
ってか、メチャメチャ甘やかされてるしな、政宗。
そこに自分、ってのが、納まり悪いのかな。
…悪いかもしれないなあ。
今生では右目、ってのもなァ…そういや、政宗どうして今生でも隻眼なんだろ。訊いた事なかったな、なんか、悪くて。
もっと小さい時から政宗知ってれば、訊いたかも知んないけど。
幼稚舎の時はあんな派手なヤツ居たか正直記憶がどうか怪しいし、本人の言によれば、小学校後半を海外留学ってそりゃ知らないわけだわ。
俺とチカが仲良くなったのも、小学校だしね。
「小十郎―――!って、あれ?慶次?」
やべ。
政宗、部活終わったか。
今日は早かったんだな、剣道部。
「何してんだ?慶次」
胴着と防具を抱えて、政宗は不思議顔だ。
そりゃ、不思議だよね、クラスメイトと自分の教育係との組み合わせは。
俺はただ、右目の兄さんは記憶があるのかどうか、いつか確かめたいと思ってた、そのいつかが今日だっただけで。
「政宗様が学校でどのように過ごされているかを訊いてたんですよ」
右目、ナイス嘘!
さっきまでの傷心顔は何処へやら、政宗相手にしてると見事に…脂下がってる。
ダンディで知的な右目のイメージが壊れそうなほど。
まァ、別に壊れたって良いけどね、幸せなら。
そう、幸せなら、オールオッケー。
政宗も、右目の兄さんも。
誰だって幸せになる権利がある。
「そうなのか?慶次、妙なこと言ってねぇよな?」
「何、政宗、俺が告げ口すると思ってんの?」
「別に。オレは何一つ恥ずかしいことはしてねぇ」
うーん、この辺はさすが独眼竜。
自信満々だ。
嫌いじゃないねぇ、その自信。
ちょっと困らせてみたくなるね。
「隣のクラスの子に告られた…とかチクってないから安心してねー」
「あっ!それはオレのせいじゃねぇだろ!」
「そうそう、全てはモテる政宗が悪いだけだよねー」
「政宗様、その…その女子をどうなさったので…」
「Godmin!どうもなさるわけねぇだろ!知らねぇ女だよ!」
「イギリスじゃー女子をそんな風に扱えと教える訳かー」
モテる男は困るねぇ。
からかってやると、政宗は耳まで真っ赤だ。
からかい甲斐のある奴。
「あとは英語の時間に先生を苛めてるってことくらいだよね、片倉さん」
「…どっちも!パパにチクるなよ、小十郎!」
真っ赤な顔して政宗が怒鳴る。
いやはや微笑ましいって…パパ!?
ちょっと待て独眼竜、『パパ』か!?
それで良いのかお前!?
「…なんだよ、慶次」
「いや…空耳かな…パパって…」
「あっ!!チカには黙ってろよ!!黙ってろよ慶次!!」
バタバタと暴れる政宗。
拙い事を聞かせた、そういう顔。
そりゃそうだろう、あの独眼竜が今生では家族を…パパ、ねぇ…。
いや、家族をどう呼ぼうが、自由だけどさ。
そりゃ、自由だ。うん、自由だと思うよ?
…でもさ。
「だって、いっつも『親父』って言ってなかったっけ、政宗…」
「そりゃ!学校ではそう言うだろうがよ!もう子供じゃねぇんだし!」
「いや、俺達子供よ、政宗」
そこは間違いないからね。訂正しとかないと。
でも、そんなことより、と、政宗は必死だ。
「『パパ』って呼ばないと、泣くんだよウチの親父!仕方ないだろ!」
泣く、泣くのかぁ…。
こりゃ、思った以上に甘やかされてるなあ。
政宗を、可愛くて仕方のない人が、右目以外にも確実に一人。
授業参観で来てた、あの綺麗な政宗のお母さんも超過保護っぽかったから、政宗愛され率ハンパねえな。
こりゃ、右目の兄さんがいちいち斜め下に凹んでも仕方ないか。
頑張れ、右目の兄さん。
「泣かれちゃー仕方ないね。良いんじゃない?パパ、でもさ。俺だって、まつ姉ちゃんはいつまでもまつ姉ちゃんだしね」
「ああ、仲の良い従兄の嫁さんだっけ?」
「従兄じゃないんだよ、関係性は叔父さん。年はそんな離れてないから解んないかもだけど」
今生の利は、記憶がない。
けど、しっかり俺の叔父で、喧しく小言を言う係で、まつ姉ちゃんを18の歳で嫁にした、そんなつわものだ。
そう、二人ともが高校卒業と同時だった。
輪廻しても結ばれるなんて、そんな戯言、信じてなかったんだけどね、どっちか言うと。
輪廻しても―――そう信じてた絆は、どっちかと言えば、今、目の前にある。
そしてそれは、間違ってなかったとムダに確信した。
「まァ、政宗はガキ大将だけど概ね良い子だって言ってあるから、安心しな」
「子供扱いすんな!同じ歳だろうが!」
「まあまあ、あんまり片倉さん待たせても気の毒だよ。早くお家にお帰り」
帰る家があるのだから。
今生のアンタは、待ってくれる、暖かい家族がいるのだから。
―――もしそんなモンが居なかったとしても、目の前の、右目が心配してるから。
生まれ変わっても巡り会った、アンタの大切な右目が。
「じゃあ慶次、また明日な」
きらきらと笑う政宗に、こっちもつられて笑いが零れる。
大切にされて、傅かれて、真っ直ぐな若木。
そんなアンタが見れるのも、転生の醍醐味だったな。
今度は、チカも誘ってみよう。
あの独眼竜が、まるでただのガキだなって、最初の頃は一緒によく笑ったもんだ。
「うん政宗、また明日。片倉さんも、また」
またね。
またね。
また、明日。
ああ、なんていい世界なんだろう。
明日の約束が、こんなに確かにできるなんて。
明日にはきっと会えるのだと、間違いのない約束が、こんなに確かにできる、なんて。
独眼竜、アンタは知ってたからわざわざ忘れたのかい?
またな、って言葉が、あんなにも切なかった戦国を、わざわざ振り切って生まれて来たのかい?
またなって言葉は、ひどく切なかった。
今度また、って言葉は、戦国では、確約じゃなかった。
お互いにまた、命があれば。
お互いにまだ、生き延びてれば。
だから、いつでも切なかった。
独眼竜、アンタはきっと知っていたんだ。
またな、って言葉が、こんなにも切ないって。
「うん政宗、また、明日」
笑ってやると、ホッとした顔してた。
俺は、そんなに変な顔、してたかな。
右目にまで、心配そうな顔で見られてた。
また、明日。
きっときっと、また、明日。
大丈夫。何も失くさないから。
二人の乗り込んだ車は、いつものように、学校の脇を抜けていく。
毎日ワックスてかてかさせてる、運転手つきの黒のクラウンは、一体何処の貴族様だって突っ込みたいけどな。
きっと二人は、変わらないだろう。
変わったとしても、悪く変わったりはしないんだろう。
小さな主が、泣いた時。
その感慨は、俺なんかには量るべくもないけど。
きっとそれだけで、あの二人は、大丈夫なんだって、思えるから。
信号待ちのクラウンから、政宗が笑う。
俺はよっぽど変な顔をしてたんだろうか、手を振りながら。
またな、独眼竜。
久し振り、独眼竜。
また逢えて、嬉しいよ。
ホントだよ。
アンタが全部、覚えてなくても。
2014.5.25
毎日更新…狂ってますね私…。政宗様がお可愛いのが悪いんです。きっと。慶次はこんな、良い奴だと勝手に思ってます。チカちゃんも同じ。勝家どっかに出したいな。しかしなかなか小政にならない…(悩)。
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