あの涙を忘れない
あの、滔々と流れた
歓喜の涙を忘れない。
「何だってんだ、あの野郎!」
とりあえず、スポーツバッグに当たってみる。
スポーツバッグに罪は無ぇ。
悪いのは、あの石頭だ。
「どしたよ政宗、荒れちゃって」
「チカ!バイトの面接ってのは、急には行けれねぇもんなのか?」
「面接って、どしたの政宗」
「慶次!ムカつくんだよあの野郎!」
親友二人に囲まれて、とりあえず弁当を広げてみる。
うん、良い出来だ。
色といい形といい、そこらの男子学生に作れるモンじゃ…いや…作れる、のかな…。
そこは不安だ。
だって、小十郎は、オレの料理を褒めてばっかで、ホントかなって、思うときが結構あるから。
「なになに政宗、これお手製?片倉さんの?」
「何でアイツのお手製だよ!オレが作ったの!」
「政宗がぁ?」
うわなんだ、あからさまに馬鹿にしやがったな、慶次。
オレって、やっぱそーゆーキャラなのか?
「料理くらいできるってんだよ!殆ど毎日作ってんのオレなんだから!」
「へえ〜そりゃビックリ」
「…なんでビックリだよ、チカ」
「いや、片倉さんがメシどころか風呂も寝起きも手伝ってんのかな、と」
「ガキの頃の話だろ!俺はいくつだ!」
「う〜ん…。ハタチ?ダブってなけりゃな」
「ダブってねぇだろ!いくつからの付き合いだよお前ら!」
「それ以前に、ガキの頃は風呂も飯も寝起きもやってもらったことは否定しねぇのな、政宗」
「っ…だから!ガキの頃の話だってんだろ!!」
ムカつくムカつくムカつく。
何なんだ、こいつらのこの、『嘘〜』って顔は。
中学から一緒の親友とは思えねぇ態度。
「だってさ〜、政宗って良いとこのお坊ちゃん過ぎて」
「普段なら忘れてんだけどな、目つきも柄も悪ィしな、政宗」
「ガラの悪さをお前らに説教されるとは思わなかったぜ」
こいつら。
弁当、食わすのやめようかな。
「んで、これ食っちゃって良いのか?そんで何でそんなに低気圧なんだよ、政宗」
「ああ、食え食え。いや〜これっくらい作れたら、どっかのレストランでバイトとか出来ねえかな〜と思ってさ」
「いっただっきま〜♪…って政宗、バイトすんの!?」
「小十郎と同じリアクション取るな慶次!」
「ああ、低気圧の原因はそこかよ。バイトすんなって言われたとか?うわ、ポテサラ美味ぇ」
「美味ぇだろ!?そうだろ!?なのに、小十郎のヤツ、頭っから反対なんだよ!」
「う〜ん、こんな卵焼き作ってくれる子がいたら俺惚れちゃうかもってくらい美味いけどね。それとバイトは関係ないよねぇ」
「意味解んねぇ!特技を生かしたいって、そんなおかしいか?」
「いやいやいやいや。多分、片倉さん的におかしいのは政宗が外で働くことなんだと思うよ。150万の時計をポンと買っちゃう坊ちゃんが、時給750円そこそこで【労働】できる?」
もぐもぐやりながらも、慶次の言葉は正論な気がした。
時給750円か…普通、何時間くらい働くモンなんだ?
働くって、やっぱ、キツイんだろうな。
小十郎が、よく萎れて帰ってくるもんな。
でも、小十郎は『正社員』で、オレは『バイト』。多分、扱いも悪いだろう。
それすら、オレは『知らない』。
だから、『勉強』してぇって言ってんのに、石頭どもめ。
それと、150万の時計をポンと買ったのはオレの親父であって、オレはただそれを身に着けてる、ってだけだ。
進級祝いだの、誕生祝いだの、クリスマスだの、ガキの頃から親父のオレへの愛情は金銭物品となって降り注いできた。
それが、当たり前だと思ってた時もあった。
―――受け取らねぇと、泣くんだもんな、親父。あの手は汚ぇ。
誰が好んで親を泣かすか。しかも、こんなくだらねぇことで。
しかも、ハタチは過ぎた。立派な成人として扱ってもらってもいいはずなのに、何だこの、閉塞感は?
オレは、親父やお袋からしたら仕方ねぇかもしれないが、小十郎の中でさえ、『ガキ』か!?
「自分の金で買いたいものだって、あるだろ!?」
そう、オレが言いたいのはそこなんだ。
自分が労働して、自分ひとりで対価を得て、そうやって得た金で買いたいモノだって、あるんだよ。
「わざわざ働かなくっても、政宗、金持ちじゃん」
そうやって、チカは弁当を漁りながら、オレの気持ちを挫くような事を言う。
これが、三回生になった途端、楽しそうに【バイト】に行ってる男の言だ、納得いかねぇ。
チカに出来て、オレに出来ねぇことなんか、あるはずがねぇ。
「あ・れ・は!親父の金なんだよ!万が一にも足りねぇとか言ったら、小十郎が封切ってない札束持たされるに決まってんだ!」
「でも、親父さんが、政宗の生活費とか雑費とか、それこそ小遣いとか、足りるように送金してくれてる金なんだろ?」
「ザッツライト。だからオレは、【オレの金】を使ってるって感覚は、全然、ねぇ。そりゃそうだ、親父の金だからな」
「一気にばっさり言うねぇ、政宗」
「だ・か・ら。オレが欲しいのは、【親父の金】じゃなくて、【オレが稼いだ金】なんだよ。ハタチもきたし、世間じゃもう少年Aじゃ通らねぇ。オレは、オレの責任で、金稼いでみたいんだよ」
「ふう〜ん…まァ。筋は通ってるよね。で、政宗がバイトする件について、知ってるのは?」
「朝、小十郎とこの件でもめて…その後親父にも電話してみた。学生だからな、保証人が要るかと思って」
学生アルバイトに、保証人。
やれやれこの坊ちゃんはやっぱり坊ちゃんだったかと思ったのは、慶次も、元親も同時だった。
それこそハタチすぎてるわけだし、学校の名前は出せば驚くような上流階級な学校だ。
あんまりに上流階級な学校だから、政宗の【レストラン】という、なんともぽんやりしたイメージの店が、却って恐縮するだろう。
そんなことを親友二人が思っているとは露知らず、オレは、とにかく目の前の弁当の減りで、『天職かも』とまで思ってる。
「政宗さあ、そうまでして『自分の金』に拘るのは、やっぱ、アレ?」
「…アレって、なんだ」
オレも腹減ってきたから、弁当の中身をちまちま突く。
朝、準備しながらたっぷり味見したから、実はそんなに欲しく無ぇんだけどな。
「大事にされすぎてる、反抗期?」
う。
反抗期か…。やっぱ、そんな風にしか見えねぇか…。
「そうゆーんじゃ、なくて」
上手く説明できねーぞ。
ただ闇雲に反抗したいわけじゃ、無くて。
オレが、オレだけの労力で稼いだ金欲しいって、そんなにおかしいのか?
皆、それを当たり前にやってるじゃねーか。
その、『当たり前』のことをしてみたいだけだ。
世間で言う、『当たり前』。
オレは、多分、その『当たり前』を知らなさ過ぎだ。
「う〜〜〜〜〜…」
「な?そこんとこ説明出来ねぇのに、あの政宗大事の片倉さんが許してくれるとは思えねぇけどなァ」
「…チカ、小十郎の味方かよ。オレにバイトは出来ねぇのか?」
「いや、どっちの味方ってこたねぇけどよ。政宗が普通の人のフリすんのが不思議なだけ」
「フリ、って何だ、フリって!」
「見たまんまだろ。○ニクロなんか着た事も無い、仕立てのいい服着て仕立てのいいカバン持ってる坊ちゃん。バイトに保証人なんか要らねぇ事も知らない桐箱入り」
「そーそー。政宗がどっかで危ないオジサンにかどわかされても驚かないね、俺は」
「慶次。オレはそこまでアホの子か?」
「いんや。人を疑わない良い子だって言ってんの」
「ああ、会社関係で迎えに来ましたとか言われたらアッサリ車乗りそうだよな」
「そうそう、で、政宗のご家族と片倉さんが青くなってる頃に『お宅の息子さんは預かった…』」
「やりそう!ってか、今まで無かったのが不思議だ!」
ぎゃははー、と、悪友どもはオレを肴に大盛り上がりだ。
…この野郎ども。
「―――だから!それを改めて、バイトとかしてみたいって言ってんだよ、オレは!社会勉強!大事だろ?そうは思わねぇか?」
とりあえず、どっちかの口利きで紹介してもらおうとか、甘いこと考えてるわけだ、オレは。
甘いのは仕方ねぇ。
小十郎が、オレをこんな何も知らねぇガキに育てたんだ。
そこんとこを改めて、普通の人に近付きたい作戦だ!
「まァ、政宗の熱意は―――一週間持ったら、考える。バイトの口、知らないわけじゃないしねぇ」
「慶次!」
「俺もそこは役に立ってやれるぜ?そうだな、慶次と一緒で、一週間持ったらな」
「なんで、一週間だよっ!」
「片倉さんと喧嘩した勢いで紹介したバイト始められて、すったもんだでアッサリ辞めちゃうと俺もチカも顔が立たないからでしょ〜?」
そこは理解しなよね?と、慶次がまるでガキをあやすように言う。
慶次もチカも何だってんだ。
こいつらが、時々、俺よりずっとオトナに見えることがある。
本当に、ふっと、そんな風に。
何かにダブって見えるような、そんなことが、ごくたまにある。
ソレは、小十郎を初めて見た時の、あの、胸が焦げる感覚に似ていた。
待ってた。
逢いたかった。
ずっと、待ってた。
この瞬間が来ることを、待ってた。
ただ、待ってた。
あの、胸が焦げる様な、魂が引き絞られるような、焦燥感。
そしてあの、ぽっかり胸に空いてた何かが埋まった、あの、充足感。
オレの魂がオレである為に、欠けてた、その、何か。
あの充足感を、多分生涯、忘れない。
きっと、この生が終わる時も、オレには、小十郎が居れば大丈夫なんだ―――あの、無限の信頼。
あの感覚に、とてもよく似た何かを、この二人は感じさせる。
ああ、また逢えて、本当に―――またって、何だ、と。
出逢う事が、決まっていたかのような。
そうして一緒に居ることが、まるでとても自然な事のような。
だからオレは、こいつらには弱いのかもしれない。
無限の信頼は、この二人の許にも、確かにあるんだから。
「―――オーケイ、解った。一週間、待ったら紹介するな!?」
片手を軽く上げて、ランチボックスを片付ける。
くそ、オレの予定では、今日帰ったら小十郎に勤務先を告げるはずだったのに。
「一週間で、片倉さんを口説き落とせたらね」
「そうそう、あの兄さんの許可なしじゃ、俺らも自分の命が惜しいしな」
けらけら笑ってやがる。
チクショウ、他人事だと思いやがって。
小十郎には、有言実行の方が効くと思ったから頼んだのに。
弁当も作り損だ。
いや、まあ、褒められて悪い気はしなかったけど。
―――ってか、やっぱ、美味しいって言われんの、嬉しいしな。
「しっかり、あの石頭説き伏せるから。口利き、頼むな」
「おお?政宗が可愛いこと言ってる!」
「頼むしかねーだろ、オレは手段解らねぇんだから!」
ああ、こういうとこが『坊ちゃん』なんだろうなあ。
他のヤツは、もっと巧く、もっとサラリとこなすんだろうか。
オレってそんなに不器用か。
―――ショックだけど、仕方ねぇな。物事は全て、経験値だからな。
見事『バイト』を勝ち取って、小十郎も親父も、凛々しく働くオレの姿を見て、仰天しやがれ!!
オレは、新たな誓いを胸に、ランチボックスをしまいこんで、次の講義に出るべく、準備を始めた。
その、夕方。
『政宗、パパだよ』
「……そりゃ判るよ」
携帯のディスプレイに、【親父】と出るんだから、判る。
でもこの親父は、オレにかけてくる電話は、何故か必ず名乗る。『パパだよ』と、何だか逆に甘えているような声で。
『アルバイトをしたいって話なんだけど』
「…そりゃ、そうだろうな」
今朝もその話をしたばかりだ。
このタイミングで掛けて来たんだ、間違いないだろう。
『何でまた、アルバイトなんかしたいのかな?そういえば朝は慌しく切られたから、訊いてないよな?』
「……だから、…」
ああもう、押し問答だ。
どうせ、何言っても反対されるんだ。そんなことだけは、判る。
しかも、厨房でバイトなんて、驚かれること間違いない。
親父は、オレが皿洗い一つしたことが無いと、固く信じてるはずだから。
…信じさせてるのは、小十郎だけどな。
『…判った。政宗、パパに相談してご覧。欲しいのは車かい?まだ免許は持ってないよね?それとも、ジェット機でも欲しいのかな?』
あ…あ…あ…。
アホか!!!この親父は!!!!
「何処の世界にジェット機欲しがる大学生が居るんだよ!!!オレがしたいのは社会勉強としてのバイトだ!!!」
言い返せただけでも、オレは自分を評価する。
唖然としすぎて、口が閉じなくなるところだった。
『社会勉強?じゃあ、パパの会社で…』
「そんなコテコテにコネなとこに行って何の勉強が出来るんだよ!!伊達とは全く関係ないトコに行くんだよ!!!」
そう叫んで、電話を強制終了。
ダメだ、あの親父は。
そう、ダメだ。
オレはまず、何より誰より、『伊達』から離れないと、何も出来ねぇ!!
親父の電話はダメ押しだった。
どうせ夕方、しゅんとした小十郎が帰ってくるだろう。
どんなにヘタレてても、関係ねぇ。
オレは、絶対にバイトしてやるぜ!!!
見てろ、親父、小十郎、それにチカに慶次!!!
オレはダメな坊ちゃんじゃねぇと、証明してやるぜ!!!
2014.06.07 何故か小政から離れていく…書きたいのは小政…。
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